記憶と言うモノを別段欲しく思った事はない。
欲する前より先に、そのもの自体が無かったのだがら、無縁なものだとそう思い続けていた。

親の顔も友人の顔も何一つ覚えている事はない。
自身の名前もそうだった。何一つ持ち合わせていなかった彼に与えられたのは『カルヴァドス』という偽名だけ。

カルヴァドスは気がつけばそこにいて、目の前にいた人間に教わるまま当たり前の様に人を殺して生きてきた。
そこには疑問も不満もそれ以外の感情すら生まれはしない。

ただ淡々と毎日が過ぎていく……それだけだった。

人が死ぬことすら特別なものではないと、そう考えていた。
カルヴァドスにとって始まりの記憶の持ち主であり、殺しの方法を教えた男が死んだその時まで。

男はあっけなく一発の銃弾に倒れ、何を言い残す事も無く息絶えた。
カルヴァドスに残されたのは本能に近い『生きる』という行動だけだった。

男が死に、かくしてカルヴァドスの世界はまた白紙に戻る。
そこで初めてカルヴァドスは自らの選択を迫られた。何も持たざるまま淡々と生き続けるのか、それとも僅かな可能性を信じて記憶を辿るのか……

選んだのは――僅かな可能性だった。
自分と言う存在をえる為に、『カルヴァドス』は心を決めた、その先に求めるものが無くとも……



「君に良い話があるんだ、是非僕に協力してくれないかな?」



一人になって数年後、カルヴァドスは運命の出会いをする。
自分の過去を得られるかもしれない、自らの生きる道すら変えるかもしれない出会い。


それが始まりだった。







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